たきわ交通局

たきわ交通局管理人のA80&481です。よろしくお願いいたします。

京王5000系の退役から10年

今年もあと1ヶ月となりました…。

それはさておき、今日は京王線の名車であった5000系が退役して10年です。さよなら運転には親と行きましたよ。いつも閑散としている若葉台駅もこの日は人でいっぱい。隣接する若葉台検車区ではイベントも開催していました。

5000がデビューしたのは1963(昭和38)年のことでした。京王線の1500V化に伴い導入され、アイボリーの車体に臙脂帯という新しいデザインまで登場しました。京王線の花形である特急・急行運用で活躍していました。1980年代以降は20M車の導入で各停運用がメインとなり、末期は競馬場線(東府中~府中競馬正門前間)、さよならイベントの直前までは動物園線(高幡不動~多摩動物公園間)で幕を閉じました。

一般運用から引退したのは10年前のこの日でしたが、事業用で残った3両編成は一昨年2004年まで活躍していました。事業用で残った編成はレール運搬車となり、主に夜間を中心に活躍していました。そして、いつ走るかは分からない不定期車両でいつも高幡不動駅に付属している高幡検車区の西側に停まっていることが殆どでした。しかし、車両の老朽化や部品の確保が難しくなったのも5000系が退役した要因のひとつです。さらに2004年時点で京王線に所属する全車両ワンハンドルマスコン車両であるのに対し、5000はツーハンドルマスコンかつ抵抗制御車でした。そのような事情から5000系を残すことは今の時代には合わない、ということを京王側は判断したのでしょう。この事業用編成は最初、保存されるとの説がありましたが残念ながらイベント終了後に解体されました。

この車両の引退で京王線のレールから臙脂帯の車両が消えてしまいました。そんな現在、臙脂帯が見れるのは京王資料館(東京都日野市・通常非公開)にある5723号車だけとなってしまいました。京王線は僕が幼稚園の頃から結構使っているので、今も活躍している6000や7000はやっぱり臙脂帯が一番印象に残っているほどですから。

現役車両は富士急行(山梨県)、一畑電鉄(島根県)、伊予鉄道(愛媛県)、コトデン(香川県)で第二の人生を過ごしています。

若葉台検車区に留置中の事業用車 2004年8月15日 若葉台駅近くの高台にて
20061201150340.jpg

この日は雨が降っていて、5000にとっては悲しみの涙雨のように感じました。
撮影した時は既に雨が止んでいましたが…。

関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

京王5000系

>管理人様
 はじめまして、蒲13です。
今後もよろしくお願いしますと同時にこちらにも
お邪魔します。
 さてタイトルの京王5000系ですが、母方の実家が山梨で
よく大月でお目にかかっています。正直言いまして、当時の京王時代あまり印象ありません。
 今、通勤で京急線を利用しています。こちらの話題も豊富で色々と勉強させて頂いています。

蒲13 | URL | 2006年12月04日(Mon)19:30 [EDIT]


蒲13さん、こんばんは。
僕は大月で2回京王5000を見たことがあります。あの側面は富士山をデザインにしていますからね。さて京王線で活躍していた末期は4+4あるいは4+3で走っていました。優等運用に入っている5000の姿は一度も見たことがありませんでした。各駅停車運用で数回見たくらいです。

これからもよろしくお願いいたします。

A80&481 | URL | 2006年12月04日(Mon)22:40 [EDIT]