たきわ交通局

たきわ交通局管理人のA80&481です。よろしくお願いいたします。

昔の運行体系に戻った恵比寿駅発着路線

今回挙げるのは駒沢通りを走行する路線ですが、先月1日より2系統の路線の担当営業所が変更になりました。

まずは恵32系統
16012102.jpg
旧山手通りと交差する鎗が崎交差点を走行し、恵比寿駅に向かっています。恵32系統は1990年代前半まで用賀駅から先、祖師ヶ谷大蔵駅(駅発着になる前は祖師ヶ谷大蔵で折り返しは祖師谷折返所➝廃止に伴い現山野小学校)まで結んでいたロングラン路線でした。1990年代前半に用賀駅のバスターミナルが完成したことに伴い用賀駅を境に恵32と用01に分割され変化のない時期が続きました。2001(平成13)年3月1日をもって瀬田営業所から下馬営業所担当となり、その後下馬・瀬田の2営業所担当となりましたが先月1日から全便が瀬田営業所になりました。これにより駒沢・深沢・用賀地区で下馬営業所の車両を見ることはできなくなりました。

鎗が崎交差点の奥は中目黒駅付近で東急ストア本社の建物が見えます。2000年3月8日に起きた営団地下鉄(当時)日比谷線脱線衝突事故現場も交差点から見える位置にあります。ここで話を変えますので、お付き合いください。

あの事故から16年が経過し、慰霊祭のニュースで報じてたのは事故後に入社した社員は5割を超したとのことです。そのようなことを考えると事故発生当時、小学校高学年以降の世代であればどんなものだったか、インターネットで検索すれば思い出せるかと思います。さらに事故当時(1999年度以降)に産まれ、東京メトロの前身・帝都高速度交通営団(以下営団地下鉄)を知らない世代が入社する日があと数年もすればやってきます。近い将来少なくとも管理人とその年齢のちょっと下、そして管理人の現年齢より前の方々が営団地下鉄を知っている世代になってしまうのです。
管理人の記憶は定かではなくて申し訳ないのですが事故当日はサリン事件と同じく、NHK教育を除きドラマの放送等を中止して特番をやっていましたし、現場も日が暮れるまでヘリによる上空中継をやっていました。結果として中目黒事故は営団地下鉄史上(1941~2004)において初の旅客死亡事故となってしまいました。また、事故1年後には「安全の日」が制定され、今年で制定されてから15年となります。改めて月日の流れの速さを感じます。「安全の日」についての詳細は2011年3月8日の記事をご覧ください。また、管理人は今後も中目黒に用事があれば慰霊碑に手を合わせる予定です。
最後になりますが、この事故で亡くなられた乗客の方々のご冥福をこの場を借りてお祈りします。


続いて渋71系統。
16012103.jpg
こちらは渋谷駅東口から代官山駅・祐天寺・清水を経由し、洗足駅までを結んでいます。もともと目黒営業所の路線で2007(平成19)年3月16日から移管前日まで下馬営業所が担当し、トランセ委託路線になりました。そして先月1日をもって古巣の目黒営業所に里帰り。東急バス直営路線に戻されます。東急バス直営路線が東急トランセ委託路線になったケースはありますが、東急トランセ委託路線が東急バス直営路線に戻ったケースは今回が初めてになります。

これにより渋谷駅東口の路線は2系統とも東急バス直営路線となり、かつての運行形態に戻ったのです。

一方で下馬営業所の一般路線は黒09と土曜休日のみ運行の中目01系統のみとなりました。東急バスHPから各営業所路線図を見れるのですが、下馬営業所に関しては以前と違って1路線だけになってしまったので、さみしく感じます。現在残る黒09も今後の動向を含め注目していきたいところです。

関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する