たきわ交通局

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多摩輸送に一番力を入れてきた京王の取り組み

前回は小田急多摩線の過去から今を振り返ってきました。とはいっても、多摩ニュータウンのアクセスは京王がメインだったこともあり、特に平成になってからは相模原線の路線環境が大きく変わったと管理人は実感しています。今回は全線開通から現在までをかれこれ振り返ろうかと思います。

1990(平成2)年3月30日 相模原線全線開通(南大沢~橋本間・当時多摩境駅未開業)
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相模原線の全線開通により、相模原市中部から都心方面へのアクセスが大幅に改善されました。相模原線は本来であれば橋本から先、相模中野まで路線を延長する計画がありました。しかしながら、諸事情で京王単独では建設ができないことや、画像を見ればわかるのですが中心にマンションが建っていることもあり、延伸そのものが消滅してしまいました。

1991(平成3)年4月6日 多摩境駅開業
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多摩境駅は京王で一番新しく開業した駅であり、町田市で唯一の京王線の駅でもあります。南大沢~橋本間が開業した時に多摩境駅が無かったのはニュータウン外であったことと、駅を設置した場合補助金なしで建設することになる、といった条件が絡んでいたのです。とはいえ、1983(昭和58)年の町田市議会では京王帝都電鉄(当時)に対して駅を開設するよう決議をしており、紆余曲折を経て多摩境駅が開業したといってもいいかもしれません。

1992(平成4)年5月28日 相模原線にて特急運転開始(初代)
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初代の画像が無くて申し訳ございません。長らく快速・通勤快速・各停の3種類だった相模原線に登場したのが「特急」でした。新宿~橋本間の途中停車駅は明大前・調布・京王多摩センターの3駅で多くの利用者は早いだろうと考えていたかもしれません。
しかし、実際には相模原線の特急は急行(新宿~高尾山口)の続発で運行していたため、新宿~調布の所要時間は本線特急は15分であるのに対し18分もかかっていたこと。また相模原線内の途中停車駅は京王多摩センターだけだったこともあり、特急が停車しない駅から不便を強いる結果となりました。これでは使いにくい列車と扱われて当然だったこともあり、2001(平成13)年3月27日のダイヤ改正をもって廃止されました。

2001(平成13)年3月27日 相模原線にて急行運転開始
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特急を廃止した代替として登場したのが「急行」。調布から先京王稲田堤、京王永山、京王多摩センター、南大沢、橋本の順にて停車駅を見直したのです。京王稲田堤は改札口を出て徒歩5分以内のところにJR南武線稲田堤駅があります。京王永山駅は小田急多摩線との乗換駅だけでなく、ニュータウンの多い一次入居地区で利用者が多いこと。南大沢駅は都立大学(当時・現在の首都大学東京南大沢キャンパス)が移転し、利用客が増加したなどの理由が急行停車駅になったとも考えられます。これらの駅は住宅街へ向かうバス路線も数多いので、その利便性も見直すきっかけになったともいえるのです。

2013(平成25)年2月22日 ダイヤ改正に伴い相模原線にて特急運転開始(2代目)
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初代の特急が廃止されてから、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議の中で相模原線特急の復活を要求しており、それがダイヤ改正で実現に至ったのだそうです。ちなみに、相模原線内の停車駅は急行と同じで初代と違い利便性は向上しました。改正後はほぼ終日にわたって運行されていた2代目特急ですが、2015(平成27)年9月25日の改正で平日朝晩と土休日上り1本だけとなり、現在では見れる時間帯が限られています。初代は全列車が8連でしたが、2代目はすべて10連で運行しており、輸送力も増強されています。

2015(平成27)年9月25日 相模原線にて準特急の運行開始。
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種別が見にくくて申し訳ございません。ただ、じっくり見てみると種別色はオレンジですから間違いなく準特急です。

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こちらのほうが幕なのでわかりやすいですね。
相模原線準特急登場の背景として考えられるのは特急連続を減らし、都心⇔郊外のアクセスを改善させる狙いがありました。新宿~橋本間は途中笹塚・明大前・千歳烏山・調布・相模原線内は京王稲田堤・京王永山・京王多摩センター・南大沢に停車します。データイムの笹塚では上下線とも都営新宿線の急行(本八幡~笹塚間を運行)に、京王多摩センターでは区間急行(都営新宿線直通)に接続し、都心から多摩ニュータウンへの最速列車として便利な列車です。なお、この改正で都営新宿線直通列車が増発し(1H3本から6本に増発)、それらに関しては14年半ぶりに都営新宿線内各駅停車に戻しました。
さらに橋本発新線新宿行は急行だけとなり、新宿から「各停 本八幡」に変更されるようになりました。一方で、都営新宿線内においては自社線内において急行が存在している関係で始発駅から新宿駅まで「各停」を表示させ、新宿駅に到着した時点で京王線の種別に変更しています。

※今後2018(平成30)年2月22日のダイヤ改正以降、橋本発急行新線新宿行き(新線新宿から各停 本八幡行き)は橋本発急行本八幡行き(新線新宿から各駅停車 本八幡行き)としての扱いならびに案内表示に変わります。都営新宿線内急行(通過駅あり)とは扱いは異なります。

2017(平成29)年8月30日 加算運賃値下げの発表
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相模原線の新線建設にかかるコストに充てるため、同線の京王多摩川~橋本間を乗車する場合および同区間と他の区間とにまたがって乗車する場合に、基本運賃に加え、京王多摩川~橋本間の乗車キロに応じた加算運賃を設定しています。加算運賃収入等による相模原線建設事業費の回収が進捗してきていることから、このたび、加算運賃の引下げを実施します。
(駅ポスターならびに京王電鉄ホームページニュースリリース・2017年8月30日発表の記事から引用)。

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新宿~多摩センター間と競合する小田急線の場合は2005(平成17)年に加算運賃が廃止されています。ただ、京王の場合は加算運賃を廃止するのではなく、引き下げという形で実施されることになりました。
ニュータウンを走る鉄道では北総線が2010(平成22)年7月の成田スカイアクセス線(京成成田空港線の高砂~成田空港間・北総線ルート)開業の際に値下げしました。こちらの場合は補助金投入による値下げであるため小田急・京王と事情が異なります。そう考えると北総線は第三セクターであるため京王のような値下げはできないのが頭を悩ますところです。近い将来値下げするとしたらスカイライナー・アクセス特急を運行する親会社京成電鉄(北総鉄道の筆頭株主)から的確な線路使用料をもらい、その使用料を値下げの原資に使うなどして実現してほしいのが管理人の願いです。

2017(平成29)年9月30日 5000系(2代目・以下5000系)運行開始。
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今年春からの有料特急運転開始に伴い製造された5000系が昨年9月29日から一足早く一般列車運用にてデビューしました。

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京王線・井の頭線車両のロングシートは7人掛けとなっていますが、5000系の場合、L/C(ロング&クロス)両方に対応するため、6人掛けとなっています。

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首都圏では東武東上線50090系で見れるものが京王でも見れるようになります。快適通勤を考慮したものであることがよくわかります。

多摩ニュータウンで最初の入居が始まったのは1971(昭和46)年であり、その当時は鉄道が開業しておらず住民は京王線の聖蹟桜ヶ丘駅までバスやタクシーでの移動を強いられていました。いわば、「陸の孤島」そのものだったのです。変化があったのは1974(昭和49)年になってからです。その年の6月2日に小田急多摩線の新百合ヶ丘~小田急永山間が開業し、それから4か月後の10月18日には京王相模原線の京王よみうりランド~京王多摩センター間が開業しました。2つの鉄道の開業によって多摩ニュータウンは「陸の孤島」から一歩踏み外すことができたのです。
そのような背景を経て多摩ニュータウンの輸送を最も担っていたのが京王は1988(昭和63)年5月21日の京王多摩センター~南大沢間の延伸、昭和から平成に入り1990(平成2)年3月30日の南大沢~橋本間の全線開業と変化を成し遂げました。全線開業から30年近くで多摩ニュータウンの人口は増加し、鉄道のアクセスは大幅に改善されたのは言うまでもありません。さらに沿線の価値を高めていくために神奈川県に属する駅も含めて周辺のまちづくりも進みました。
多摩ニュータウンの交通網はもうひとつあります。2000(平成12)年1月10日には多摩モノレールの立川北~多摩センター間が開業しました。モノレールの全線開業は多摩地域の南北における移動だけでなく沿線から都心部へのアクセスが改善されました。モノレールの開業によって交通渋滞が緩和され、定時性の高い公共交通としての役割も果たすことができたのです。モノレールと重複しているエリアを走る路線バスに関しては減便・廃止等はあったものの、これも多摩ニュータウンの歴史を語るうえで、忘れてはいけない出来事です。
しかし近年は多摩ニュータウンの高齢化が目立ち、鉄道会社においても生き残りをかけようと必死になってきている現実があります。そのようなことを考えると1か月後にやってくる小田急・京王の変化はそれらをかけたものであることは間違いありません。管理人も物心ついた時から多摩ニュータウンを見て育ちました。その中で対都心とのアクセスは小田急よりも京王が有利であることが当たり前のように理解してきました。そこで今回多摩ニュータウンの鉄道輸送を支えてきた小田急・京王に関する記事を作成してきましたが、少子高齢化という厳しい時代の中で過去を振り返り、また将来へと発展していくことを願ってやみません。

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