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大東急から分割、70年

昨年開業から90年、今年3月には複々線化全面完成と2021年春に海老名駅において「ロマンスカーミュージアム」を開館することを発表した小田急ですが、今から70年前の今日、こんな出来事があったのです。

それが「大東急」の分割です。「大東急」は太平洋戦争開戦から半年後の1942(昭和17)年5月1日か45年にかけて小田急、京王、東急、京急、相鉄が「東京急行電鉄」となり、「大東急」の路線として扱われていたのです。それが70年前のこの日、小田急電鉄、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)、京浜急行電鉄(略称表記では京急電鉄)に分離されたのです。

新生・小田急電鉄となって生まれ変わり早70年。小田急は箱根登山鉄道、江ノ電、大山観光電鉄、小田急バス、立川バス、神奈川中交通、東海自動車(東海バス)などが、グループ会社の仲間入りを果たすことができました。

1948年といえば、日本は戦後からまだ日が浅く、生活事情は大変厳しいものでした。「団塊の世代」は1947~49年まで約680万人がこの時期に産まれ、進学や就職においても競争を強いられました。

この年の10月に、新宿~小田原間でノンストップ特急が運行され、それがロマンスカーの「礎」となったわけです。1950(昭和25)年8月1日の箱根登山線との乗り入れ開始、1955(昭和30)年10月1日から国鉄(現・JR東海)御殿場線への乗り入れ開始は戦後の小田急にとって新たな観光需要の開拓につながったわけです。さらに1969(昭和44)年6月にはロマンスカーを補完す目的で新宿駅西口から東名高速道路を走行し箱根の観光地へ乗り換えなしで直通する小田急箱根高速バスが運行開始しました(開業から2001年までは小田急電鉄高速自動車課)。

戦後は沿線開発と同時に輸送力増強が進み、1974(昭和49)年6月1日に多摩線が開業、1978(昭和53)年3月31日に営団(現・東京メトロ)千代田線との乗り入れを開始し、都心と郊外の足としての機能が高まりました。その一方で輸送力増強が限界に達してきていました。それらを改善させるために複々線化工事を行うこととなりました。沿線住民の反対運動や騒音問題もありましたが、今年3月3日の始発から代々木上原~登戸間が全線複々線となり、17日始発からは輸送体系を大幅に見直すダイヤとなりました。

そんな社会事情の中、新しい小田急電鉄が再出発したのです。あれから70年。高度経済成長期、オイルショック、バブル崩壊、リーマンショック等もありましたが、小田急がここまで発展してきたかと思うと感慨無量といっても過言ではありません。そして今年3月には念願の複々線化工事が完成しました。大東急分離から70年後の2018年。そんな小田急にとっては大きな転換を迎えました。

この転換こそ新たな歴史が始まろうとしています。小田急グループのますますのご発展を願い、今回の記事を作成した次第です。

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